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和歌山カレー事件

マスコミは何を伝えたか―追跡・和歌山カレー事件報道の画像 死刑弁護人 生きるという権利 (講談社+α文庫 (G175-1)) (講談社プラスアルファ文庫)の画像 「生きる」という権利―麻原彰晃主任弁護人の手記の画像
 先月4月21日最高裁判所は和歌山カレー事件の
大阪高裁の死刑判決を支持する判断を下し真須美被告の
死刑が事実上確定した。

 自分はこの判断に大いに疑問を持っている。
また、多くの人は真須美被告が和歌山カレー事件の犯人だと
勝手に思っているが何故犯人だと決め付けるようになったのか?
あの狂ったマスコミの過熱報道による洗脳に過ぎないと気づいている
人は多いのか?少ないのか?

 まずは死刑確定後の真須美被告のコメントを引用させて頂く。
「最高裁判決があったが、わたしは犯人ではない。カレー事件には
全く関係しておらず、真犯人は別にいる。
すべての証拠がこんなにも薄弱で、犯罪の証明がないにもかかわらず、
どうして死刑にならなければならないのか。
もうすぐ裁判員制度が始まるが、同制度でも死刑になるのだろうか。
無実のわたしが、国家の誤った裁判によって命を奪われることが悔しくてならない。
一男三女の母親として、この冤罪(えんざい)を晴らすため、
これからも渾身(こんしん)の努力をしていきたい」

 物的証拠はなく、状況証拠だけで真須美被告に死刑判決を下した
判断は法的に非常に問題がある。
「推定無罪」「疑わしきは被告の利益へ」が近代刑法の肝(キモ)である。
これを失ったら近代刑法は崩壊する。

「いわゆる百人の罪人を放免するとも一人の無辜の民を刑するなかれ」

100人の犯罪人を自由の身にさせてでも、
無実の罪の人を罰してはいけない。
簡単に言えば、冤罪(えんざい)は何としでも怖いってこと。

 言い方を変えると百人の殺人者よりも国家権力の方が怖いってこと。
少し考えれば分かること。
あいつは見た目からして怪しいからあいつを逮捕しちゃおうと
警察・検察を含め国家権力が恣意的(ほしいまま)に決められる。
そして、大した証拠もなくとも国家権力の力を使ってあることにしてしまえば
どんな市民でも逮捕し有罪にし、死刑に処す事も可能だ。
それにマスコミも追随すれば鬼に金棒。

 ただ、今回のカレー事件のが異例なのはマスコミが真須美被告が
犯人に違いないと過熱報道した結果、警察がそれに追随した点。
状況証拠が見つからない中警察の威信もかかったのであろうか。
例のワイドショーでよく報道されたテレビカメラマンに水をかけるシーン。
あのシーンは非常に評判が悪く素行が悪いカメラマンに水をかけた
だけのシーンであった。

 他のカメラマンに対してはあのような素行はとっていない。
マスコミにありがちのある一部分を切り取って真実にしてしまう手法。
テレビは時間枠が限られている。
事実は一部からは何も見えてこない。

 2つあまり報道されていない事を言うとあの村にはある対立があった事。
林真須美被告は犯人ではないと主張する人があの村に多数いる事。

 ただこのコラムで強調したいのは真須美被告が本当に犯人かどうかではない。
法の適正手続き(デュープロセス)からいって無罪にならざるを得ない
裁判であったということ。
真須美被告が実際に犯人でも無罪にしなければ近代刑法は崩壊
するということ。

 今月ついに裁判員制度が始まるが、推定無罪、疑わしきは罰せず、
デュープロセスぐらいは国民の常識にしたいものだ。
決して疑わしきは罰すにならぬように。
 
 さもなければ私も含め、あなたがいつ冤罪で死刑になっても
おかしくないし、覚悟せねばなるまい。
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