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EMINEM(エミネム)

Curtain Call: The Hitsの画像  EMINEM「LIKE TOY SOLDIERS」という曲がイイ! 数年前に出た曲で「カーテン・コール」というアルバムに 入っています。 「Step by step,heart to heart,left right left we all fall down.Step by step,heart to heart,left right left, we all fall down like toy soldiers.Bit by bit torn apart,we never win but the battle wages on for toy soldiers」 (足並み揃え、心を合わせて、左右左、俺たちはみんな 倒れる、まるでオモチャの兵隊みたいに 少しずつズタズタになってく、決して勝てやしない、でも 闘いは終わらない、オモチャの兵隊たち) 主語を持って語る。イイ!日本人は主語をつけずに 語る事が多いような気がする。主語をつけない曖昧な 歌詞が多い。主語をつけても誰の事なのかわからない 事が多いとか少ないとか。  有名な「STAN(feat.DIDO)」並みに「LIKE TOY SOLDIERS」 はいい。歌詞について語らずとも、音楽だけですごさを 感じる。  Step by step〜♪
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スプーン 〜超能力者の日常と憂鬱〜

 森達也氏執筆「スプーン 〜超能力者の日常と憂鬱〜」 は超能力そのものではなく、超能力者の普段の日常生活が どのようなものかに焦点を当てたドキュメンタリー作品。 スプーン曲げの清田益章、UFOの秋山真人、ダウジング の堤裕司の3人を題材にする。1977年生まれの自分では 顔と名前が一致するのは秋山真人ぐらい。堤裕司や清田益章 は名前があいまいだが、その存在は知っている。堤裕司に 関しては、個人的に通信教育でマジック教室やった気もしない でもない(苦笑)幼い頃よりスプーン曲げ少年ともてはやされ た清田益章。なんとなくそんな存在がいた記憶があって、その 後の超能力者が今どのように生活しているのか?そんなこと 多くの人は興味を持ってきていないだろう。  一度もてはやしておいて、今度は落として視聴率を稼ぐメディア のパターン。よく使われる手段だ。ホリエモンもそうでしたよね。 一度もてはやし、次はバッシング、これでメディアとしては 2回稼げる訳です。またバックラッシュがあって、ホリエモン を担いでまた稼げる可能性もある。  それはさておき、3人の中で興味を引いたのは清田益章。 スプーン曲げに関して面白い事を言っていた。彼は、スプーン 曲げはオナニーみたいなもので、人に見られているとどうも やりにくい。一人でやると本当に簡単に曲がるんですよ。 だからテレビなんかだとやりにくい。時間かければできる 事もありますと。  テレビなんかだと一瞬でスプーンが曲がる事あるが、 実際は1時間以上曲げるのに時間がかかることが ある。今日は調子が悪いから曲げれないという日もある。 清田益章はテレビの収録中トリックを使って、スプーンを 曲げたところをカメラに写され、ペテン師扱いされてしまう。 その時の事を清田は、あの時はトリックを使ったと 素直に認める。調子も悪かったし、実はスプーンが 曲がらなかったら、番組中止となり、制作費2000万 以上支払えと脅されたとも言っている。この真偽は定か ではない。ちなみに清田に何故スプーンしか曲げないのか? と聞いたら、テレビ側がスプーンを曲げろというからだよ と返していた。  実際森達也氏の目の前で超能力と思われる出来事を清田、堤、 秋山は起こす。でも森達也氏は超能力を信じる、信じないと いう二元論に違和感を覚える。そして、何故か超能力者 と呼ばれる人のほとんどはマジックにも長けている。 だったら、全てがマジックであると言ってもよいが、 やはり、全てがマジックと言ってしまうのは違和感がある。 少し前に超常現象と超常体験について描いたが、とりあえず 実際に超常現象があるかないかはおいておいて、超常体験 自体は主観的には存在するとする見方が良いのかもしれない。  例えば自分の目の前で清田益章さんにスプーンを 曲げて頂いたとする。スプーンは自分が自宅から 持ってきたスプーンで、手も触れずに曲げる清田益章さん にとてもトリックがあるとは思えない。素人だから トリックが見抜けないだけなのか?自分が独特の 雰囲気にのまれて、スプーンが曲がっているように 見えているだけなのか?いや、これが超能力かどうか は別にして、清田益章さんは正直な人だし、超能力を 信じる、信じないより、清田益章さんは信用できる・・・ というような。  御船千鶴子。「リング」の貞子の母親のモデルと言えば 分かりやすいだろう。東京帝国大学(現・東京大学)の助 教授・福来友吉は科学的に超能力を分析するために、御船 千鶴子と明治43年に初めて出会う。だが、公開実験において トリックだとされ、マスコミは騒ぎ、御船千鶴子は自殺を してしまう。トリックだと言ったのは頑なに超能力を 否定する、しかも公開実験にも参加していない学者も いたというから驚きだ。現在の日本でも超能力アレルギーは 多い。噂では大手企業や科学技術庁では密かに超能力 研究をやっているとかいないとか真偽は定かではない。  超能力に関しては曖昧なままにし、超能力者として見るのでは なく、その辺の同じ人間として見る意識をもつほうが よさそうだ。だから自分にとってだが、イイヤツもいるし、 すっげー嫌なヤツもエスパーと呼ばれる人の中に いるんだろうな。  

うる星やつら2 ビューティフル・ドリーマー

うる星やつら2 ビューティフル・ドリーマーの画像  押井守監督のアニメ映画の中で名作と言われている作品。 うる星やつらに関しては、登場人物やドタバタしたアニメ だった事は、幼い頃見た記憶はある。よく調べもせずに 書くが、オジン?だったけな。彼が難しい慣用句をよく 使っているシーンがあって、そんな場面見ていて退屈だと 感じていたし、ストーリー自体もよく覚えていない。 先日この映画を見て、懐かしいとともに原作者高橋留美子 が激怒した作品であるので、大分原作アニメとは違うの だろうと思う。  友引高校は明日学園祭で大騒動。観たような記憶のある ドタバタした様子がコメディチックに描かれる。しかし、 様子がおかしい事に温泉先生やさくらは気づく。何日経っても 明日が学園祭。そんな中、夢を創る夢邪気が現れる。彼は タクシー運転手に扮して、さくらに語る。もし、浦島太郎 一人が龍宮城に行ったのではなく、全人類が龍宮城に行って いたとしたら、果たして、人は何百年も時間が過ぎている事に 気づくだろうか?それぐらい人間の時間感覚なんて、ええ加減 なものちゃうの?っと。ストーリー自体が不条理に描かれて いるので、分かりにくいが、明日が学園祭という日が毎日 来る日々が続いても、あたるや友人達は別にそれでいいじゃん っという感じで毎日を楽しむ。深刻なのは面堂やさくら、 消息不明の憔悴しきった温泉先生ぐらい。  詳しくは映画を見れば分かるし、ネット上にも情報が 載っている時代なので、詳しく書かないが、とんでもない 事態(空間や時間がおかしくなっている)が地球上で起きて いる中、それでも些細な日常を楽しむ姿に過去に自分の 経験にあったわけではない?が、何故かノスタルジーな 気分に陥った。  結局この事態は夢邪気の創ったラムの夢に過ぎなかった。 他人(ラム)の夢の中だが、あたるは夢邪気と戦う。 夢邪気はラムに魅かれ、ラム希望の夢を創る事で 夢邪気自身も夢を見てみたいからこの夢を壊さないでくれ! と語る。あたるのあのキャラだから、自意識で悩んでやった 訳ではないと思うが、夢を喰うバクを使い夢を壊しにかかる。 あたるは「ラムもお前も分かっていない。俺が後先考えずに 行動する男だということを!」と語る。この言葉に何故か 苦笑。あまり煩悶がない雰囲気が好感。ラムにとっては最高 の夢だから壊さない方がいいのではないか?というような煩悶?  夢から醒めても夢。また、醒めても夢。ようやく醒めても 夢。ええ加減醒めたと思っても夢。を繰り返し、現実に 戻ってくる。  有名な荘子の説話(胡蝶の夢)「荘周が夢を見て蝶に なり、蝶として大いに楽しんだ所、夢が覚める。果たして 荘周が夢を見て蝶になったのか、あるいは蝶が夢を見て荘周 になっているのか。どちらともわからぬ、どちらでもかまわない。」    そんな子供の頃よく考えていたような事を少し考えたが、 気になっていた家賃の更新の手続きの問い合わせの為に 不動産屋に電話をかける。

父親たちの星条旗

 硫黄島の星条旗の画像  「父親たちの星条旗」都内近辺では上映終了となってい たが、どうにか銀座シネパトスまで行って観た。ちなみに 「硫黄島からの手紙」は実家武蔵村山のダイヤモンドシティ ・ミューの3Fにあるワーナー・マイカル・シネマズ武蔵野 にて鑑賞。  硫黄島に向かうアメリカ艦隊がふざけていて船から海に落下 してしまった兵士を当たり前のように見殺しにする国家 の在り方に対し、国家は信用できないというスタイルがいきな り登場する。社会的差別があるにもかかわらず、それを 温存し、戦争に刈り出す為にインディアンを召集。インディ アン自身は差別回復のため、戦争に志願する。硫黄島で 2度掲げられた星条旗。詳しくは映画を 観てもらえば繰り返し詳細は描かれるが、戦果を特に 上げていない兵士3人が星条旗を掲げた写真に写っていたと され、英雄扱いされ、戦時国債の為に、これでも かというほど、国家に買い出される。英雄ではないと実存では 感じていたが、英雄扱いされたため、3人は葛藤を抱え続けて 戦後生き続ける事となる。  戦友は何のために死んだのか?アメリカの星条旗? はたまた家族の為?よく描かれるモチーフかもしれないが、 そこにその場で一緒にいたたまたま居合わせた戦友の 為に死んだと生き残った3人は感じていたのかもしれない。 実存的なレベルでは、あの戦場という圧倒的な不条理な 世界において、国家や家族より近接性のある戦友の為 に死ぬという感じ方に自然と感染したのかもしれない。  「硫黄島〜」「父親〜」に共通して描かれるのは 国家不信とともにその場にたまたま居合わせた戦友が いたから死ねる、だから日本兵の恐ろしい自決もできたのか もしれない。これでもかという家族の為とか国家の為に 戦うというものよりもその場に居合わせたものがいたから こそ、死ねたと感じるシーンが自分は多かった気がする。 そして、あの激烈なシーン、たった一日でもあの戦争シーンを あの時間軸のまま、体験していたら、観念的なものは ふっとぶ気がする。

硫黄島からの手紙

栗林忠道 硫黄島からの手紙の画像  「父親たちの星条旗」を観る前に、「硫黄島からの手紙」を 観た。「父親〜」は近いうち観ると思うので、総括はまた その映画鑑賞後書きたいと思う。  国家が敵・味方を分けるが、国家が分けた敵・味方の 区別など一体何なのであろう?国家権力に決められた敵にも 家族があり、実存がある。よく描かれるモチーフだ。 だが、この映画ではある部分で違う。  60年ぶりに掘り起こされた日本兵達の手紙が象徴的。 60年遅れて届いた手紙。エリート軍人で親米である栗林 中将はアメリカは沢山の自動車が走る夢の国だと子供への 手紙に記していた。エリートたる故の教養があるため、 一層、国のために死ぬとか、家族の為に生き残るという問い 以上の煩悶が見られる。栗林中将は敵であるアメリカに憧れ ていた。同じくアメリカをよく知るバロン西は、鬼畜米英 などいないと語る。  エリートではない自分であるので、戦前に同じく硫黄島に 召集されてしまったら、何も知らないが故、国家の為に、 天皇陛下万歳!という集団圧力に負けて死んでいくかもしれない。 しかし、この映画は60年遅れて届いた硫黄島からの手紙 から鑑みて、現代に向かうメッセージととらえる。 エリートではなく、教養もないが、現代の一般大衆の人々は、戦 前の異常さは知っている。映画で描かれる日本兵達の死を 彼らより、不条理な死だと感じるかもしれない。 我々現代人は戦前の歴史を知っている。だが、彼ら非・エリート 日本兵は知らない。だが、教養のあるエリート軍人は世の摂理 の不条理さに恐れおののいたのかもしれない。または開き直れたか?  現代の多くの一般大衆は自分も含めて非・エリート。 きっと60年後の人々からみたら、異常だと観察 されるかもしれない。  だけど、硫黄島からの手紙を受け取り、世の中はいつの 時代でも、不条理。社会は世界の一部で、社会も不条理。 そのことに恐れるのではなく、畏れた映画だった。 
プロフィール

まさみ

Author:まさみ
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よろしくお願いします。
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