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いじめ問題

 はじめに断ると自分も当事者ではない第三者で、お祭りが終われば、 いじめ問題に関してすぐに忘却する身にある者である。いじめ問題が 加熱したのは、大きく分けて1986年に起きた葬式ごっこで騒ぎに なった鹿川裕史(しかがわ ひろふみ)さんの自殺。1994年の 残忍ないじめの末自殺した大河内清輝さんの自殺。そして、今回の 自殺予告。共通するのはいじめが原因で実際に自殺までに追い込まれな いとこの祭り的な報道は行われない。さらに1986年も1994年も 2006年現在も、自分も含めて、同じ事しか言ってなく何も変わって いない。いじめの問題は心の教育という問題にして、命の尊さを 徹底的に説くべきだ!とか、最近の若者は人に対する思いやりが 足りない等々のコメントがまるで1986年の記事を2006年に 持ってきても全く違和感がない。  これは聖域化された学校共同体システムが何も変わっていないこと を意味する。いじめ問題に関して、語るのは学校を卒業した大人。 現状がどうなろうと学校卒の大人達は今までの学校システムが急変 する事を恐れる。自分達と違う学校システムで子供が育ったら ろくな大人に育たないと自分を棚にあげて言う。 いじめの第一人者の社会学者の内藤朝雄氏のおっしゃる通り、 短期的政策としては、いじめは犯罪に該当するものも多いため、 警察権力を学校に持ち込むのがよいかと思う。もちろん小学生でも 裁判を行う。学校外では犯罪で取り締まれているものが、学校内は 学校内で処理する事が教育上良い事のように感じられてしまう。 そこに学校聖域化の大人たちの学校に対するノスタルジーから 離れられない面がある。  内藤朝雄氏の言う学校への警察権力の導入をどう思いますか? 物騒な世の中になったと思いますか?宮台氏は学校に警察権力 を持ち込む事によって、学校の市民社会化ということを おっしゃられている。学校は神聖な場所ではなく、我々働く者たちと 変わらない市民社会と同じものであるという認識。この認識に至るには 多くの時間がいると思うが、時間はかかるかもしれないが、いずれ 可能性はあるかもしれない。家族も一昔前は聖域であった。だが、 DV防止法ができ、徐々に家族の聖域化が薄れ、夫が暴力を振るったら 訴えることが多少はできるようになった。警察権力が家族内に 入る事で家族関係がぎすぎすするようになったか?といえばそうでも ないのではないでしょうか?  警察権力を持ち込んだだけで大きく変わるわけではないが、 最初の一歩としては大きいのではないか?  っとこのいじめ加熱報道が静まれば、すっかりいじめ問題を 忘却しているであろう・・っといい加減な自分を想像し、 ほっとするのである。
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超常現象と超常体験

 心理学者のユングは超常現象と超常体験を区別した。超常現象が 存在する、しない、は横に置いておいて、超常体験は存在するとした。 ユングの有名なシンクロニシティ(共時性)という概念は多くの人が 体験しているのではないでしょうか?簡単明瞭に言ってしまえば、 偶然の一致ってやつ。なんとなく、あの人に久々に連絡取りたいな と思ったら、ちょうどその人から電話かかってきたり。 些細な事を挙げればキリがないと思いますが、偶然こういうことが あって、びっくりしたという体験はよく起きているのではないで しょうか?超常現象を信じていなくとも、超常体験は主観的な ものなので、体験した人があると言えば、あるし、ないと言えばない。 宙に浮いたり、テレパシーを感じたり、それも主観的には存在する。 宙に浮く事が物理的になかったとしても、主観的に体験すれば、人は 存在すると感じる。  超常現象の存在の可否はどうでもよく、体験自体はどうにでも できるとすれば、免疫がない場合、簡単に新新宗教系の勧誘に はまってしまう危険性がある。ある種のノウハウを使用し、超常体験 を感じさせるプロセスを与えれば、免疫のない人は超常体験にしか 過ぎないものを超常現象と信じ込み、その宗教にどっぷりはまり 込んでしまう。免疫がなく、たまたま人生系に関心がある人に ノウハウを駆使し、超常体験を次々に体験させる事は、それはすなわち どの宗教、どの自己啓発、どのオカルトに接するか、まさに シンクロにシティ。偶発的に過ぎない。偶然が重なればオウム真理教に 入信してしまってもおかしくない。  世の摂理は人智を超える。不思議な事はいくらでも起きている。 だが、超常体験はその人の体験に過ぎなく、実際に現象として存在 するかどうかはどうでもよいこと。その人の解釈により、その体験は 変わるだけである。解釈いかんだ。超常現象ととらえる人もいるし、 たまたまで気にしない人もいるし、不思議な事はあるが、あくまで 自覚的に現象とはせず、体験に留めて置くのも1つの知恵と言える かもしれない。  さらに言ってしまえば、超常体験は時代時代によって違う。 社会が複雑になり、社会システムが要求する価値観が求められる ようになると、以前日常的だったものが、現代の社会システムだと おかしな人というレッテルを貼られてしまう。この辺りは面白い ところなので、深入りせず、また機会を改めたいと思います。
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