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麻原裁判

 麻原被告控訴棄却。よって、地裁の判決通りに死刑確定の公算 が高まった。こうなるのではないか?と危惧していました。 昨年8月の期限を過ぎても、控訴趣意書を出そうとしなかった弁護団 の真意とは?麻原被告を弁護する弁護士は語る。話しかけても、 ずーっと黙っているだけか、何かに反応して、たまに、うぅ! とかつぶやくだけで、これでは心神喪失状態で訴訟能力はあるようで ないようで。訴訟能力なしとなれば、麻原被告は病院で治療を受けて 訴訟能力を回復した後に再び控訴をする手続きとなる。ここに も様々な議論がありまして、この事件のケースは死刑がほぼ確定 の被告人に対して、死刑にする為に治療するのはいかんばかりか? また、麻原被告人は詐病の可能性も否定できず、訴訟能力があるかも しれない。また、自分で自分を心神喪失状態に陥れる暗示のような ものをかけたのかもしれない。  これに対して、精神鑑定医は心神喪失状態であるという鑑定結果を 出すものもいれば、訴訟能力ありという結果を出す鑑定医もいる。 精神鑑定の恣意性が非常に問題です。裁判官に都合のいい精神鑑定医 を連れてきてもらい、心神喪失ですと言わせるのはたやすい。 なぜなら精神鑑定医もそれで飯を食っており、裁判所の意に反った 鑑定結果を出すのは難しくなる。  さらに今回の麻原裁判のケースでは裁判官が勝手な理由をこじつけて 私的に会ってしまっているそうではありませんか? これはありえないこと。デュー・プロセス・オブ・ロー。適正な手続きを 行っていない証ではありませんか? 9.11テロ以降、国家より社会が怖いんだという感情がはびこり、 デュー・プロセス・オブ・ローが守られない風潮があります。 近代法は国家の暴走の恐ろしさが根底にあるので、一市民の犯罪者を 逃すともデュー・プロセス・オブ・ローでその歯止めをかけるという のが大原則なんです。これがなくなると無辜の民を簡単に統治権力 の思うがままに死刑にすることができます。  自分は麻原被告に肩入れをしているわけではなく、この裁判の迅速化 を求める世論の声に裁判官がなびき始めているのを危惧する訳です。 先日書いた裁判員制度も裁判の迅速化の世論を後押しする形で 現れています。麻原裁判を長いと感じるか、短いと感じるか、 そのような市民感情は裁判官には関係なく、デュー・プロセス・オブ ・ローに従って、時間をかけてでも裁判をするべきだと思っています。 ただ、小型核爆弾を市民が手軽に持てるようになった場合、国家より 社会の方が怖いと思う憲法意思も現れてくるかもしれない。 だが、日本では市民の民度が低いため、あるいはエリートは統治権力 にいってしまい、対抗する市民エリートという概念すら存在しない 国なので、非常に時期尚早。麻原裁判が今後どうなるか分かりませんが、 被害者の方々には厚かましいかもしれませんが、少しでも 近代法とはなんたるか?の基礎教養を市民に伝授するよいケース・ スタディにはせめてなると良いと思っています。 これにはマスコミが鍵を握っているのは言うまでもありません。
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格差社会

 お天道様には顔向けできねぇ!説教するおじちゃん、おばちゃんは 今の若者は人の目を気にせず、傍若無人にゴミ捨てたり、礼儀の れの字も知らないと嘆かれる。昔はね、礼儀は親から教えられ、 品格正しく振舞っていた。ちゃんと周りの目を気にして日本人 美風の行動様式(エトス)を持っていたとおっしゃる。 それだけではなく、人が見ていないところでもお天道様は見て いるから、礼儀はしっかりしなくちゃだめだ!と。  おいおい、ことわざにもある通り、『旅の恥はかきすて』が あるじゃないですか。1970年代以降急速に共同体が空洞化 した今となっては、相当親しい仲間以外は『旅』に過ぎなくなる。 宮台氏の言葉を借りれば仲間以外は皆風景となる。 人もある種風景(旅)に過ぎず、周りの目を気にした行動様式(エトス) はなくなる。共同体が崩壊する以前は周りの目を気にして、 礼儀知らずな振る舞いを抑えていたに過ぎない。一歩旅に出て 共同体外に出れば、旅の恥はかきすて精神は昔からある。 お天道様=共同体であったということです。 時代の流れはあるが、基本的な日本人の行動様式(エトス)は それ程変わっていないと自分は感じる。  人の目を気にして行動するその人の目が大分減って、 ある種人の目を気にしてばかりいた人は楽な時代になったとは 言えるのではないでしょうか?コミュニケーションからの退却。  だが、釈然としない人が多いのではないでしょうか? ネットでのコミュニケーション量見れば一目瞭然ですよね。 共同体が眼前と存在したころはそれほどまでに要求されなかった コミュニケーション能力も見知らぬ他人とコミュニケーション 取る際は、コミュニケーションスキルが必要となってくるが、 この能力を高める事は日本人やってきてないんだからできなくて 当然ですよ。高めようとして努力してできる代物とは 違うと思いますし。  格差社会。何の格差ととらえるかで、見方が変わってくるので、 敢えて、コミュニケーションスキルの格差の点から見る。 これに関してはほとんど格差といわれる程の差はないと 思っています。言語的コミュニケーションだけではなく、 非言語的な日本的コミュニケーション長けている人ばかりですから。 言語的コミュニケーション能力が弱い人が多いと思いますが、 そういう人は言語的コミュニケーション能力不足故に、 自分の目標が達成できないと考え、かつ、非常に目標の期待値 が異常に高い。言語的コミュニケーション能力さえ高ければ 自分の目標は達成されると思いがちで・・ そうではなくて、コミュニケーションは置いておいてその目標が だけに向かっていけばいいと思っています。 せっかく共同体も崩壊してくれたし(苦笑)、この時代状況を 利用して、コミュニケーションうんぬんで留まるより、 自分の身の丈に合った目標を地道こなしてほしいなと思うわけです。  以上自分の主観的な雑記でした。

無題

何もありません。 これが大事。

メゾン・ド・ヒミコ

メゾン・ド・ヒミコ 特別版 (初回限定生産)の画像  『ジョゼと虎と魚たち』の犬童一心監督×渡辺あや脚本 コンビの第二弾は、五年もの時をかけて温め続けたオリジナル・ス トーリー『メゾン・ド・ヒミコ』沙織の父はゲイ。沙織は自分も 母も捨てた父を憎しみ記憶の中からも消去している状態であった。 父(ヒミコ)はゲイである事を突然告白し、捨てていったと 沙織には聞かされていた。そんなある日オダギリジョー演じる 春彦が尋ねて来る。沙織の父が癌で死期が近いと宣告。さらに ゲイの集う老人ホームで雑用を1日数時間するだけで3万という 好条件に、2年前に死んだ母の医療費で貯まった借金に困ってた 沙織にとっては金の為に、父の経営するメゾン・ド・ヒミコへと 恐る恐る向かう。  沙織がむき出しに気持ち悪いわね!!とゲイの人達に対して、 はっきり言う姿は反感をかうものの、ある種気持ちのいいものだ。 その人の実存ってその人の性愛を見ると分かりやすい。 俺も正直気もちわりぃって思うもん。その反面、しゃべられた だけで、触れられただけで顔が真っ赤になってしまう男性は いますが・・・だが、男性とSEXするとなるとそこに大きな 壁ができる。シンプルにSEXできるかできないかが分かれ目なの かさえ分からないが。その辺の壁をよく描いていた映画だと思います。  ダンスホールのシーン。沙織が仲良くなったゲイのおっちゃんが 元部下にこいつやっぱオカマだったんだ!!!っとめっちゃ馬鹿に されて、沙織が謝れ!!と何度も何度も叫ぶ。そんな姿を見て ゲイであるはずの春彦は沙織に魅かれる。そして、これが 笑えるダンスなのだが、そこで二人は意気投合。ダンスってみていて 面白いですね。自分もちょっとやったことあるけどまじ楽しい。  そして・・お決まりの沙織と春彦のキス・・SEXしようとする が、そこでブレーキがかかってしまう春彦。沙織には会社でずっと 好きだった細川とその後SEXする事になるが、SEX後泣く。 細川も沙織に魅かれていたのだが、沙織はこれからは「キスだけ〜」 っとおちゃめに言う。春彦とはキスしかできないから 他の人ともキスまで。性愛に関しては本当にその人の実存が 現れ、強烈な好き嫌いが分かれる。なんで好きになるのか? さえ分からずに。好きに理由がないって面白い事だと本当に 不思議に思っています。  とにかく笑いあり、涙あり、性愛あり映画なので、 ジョゼと虎と魚たちを観た方たちは見る価値ありですよ。

裁判員制度

 市民が刑事裁判に参加する裁判員制度が2009年5月から 始まる。リベラルな日弁連が積極的に推し進めているのだが、 市民が裁判に参加する事によって反リベラルになる可能性が 多分にある。民主的でありさえすればよいという名の下に 裁判にも大衆の意見を取り入れようというのは一見良いかの ように思える。しかし、裁判員に選ばれた人が例えばヤクザの 裁判で有罪の判決を出そうものなら、復讐を恐れて、無罪を 言わざるを得ないだろうか。または、重大事件、主に市民の 感情が扇動されるような非道な殺人事件が起き、有罪にしなければ 2ちゃんねる等で晒される事を恐れて、仕方なく有罪にしなければ いけない状況にならないだろうか?さらには中立的なプロの裁判官 もポピュリズム的市民の感情の扇動に流されやすくならないだろうか? あまりクローズアップされなかった裁判官が2ちゃんねる等で晒される 自体を恐れ始めて、市民の沸騰した感情にのっとった判決を 出しやすくならないだろうか?  自分が被告人になったと仮定したら分かる。ズブの素人に判決を しかも、犯罪の量刑も裁判員の権利に与えられているようじゃない ですか。とてもじゃないが、素人はマスコミ報道等により、罪刑法定 主義、疑わしきは罰せず等の原則は理解できようがないから 煽られて、マスコミ報道的な判決を下さざるを得ない状況になる。 さらにそれにプロの裁判官も市民感情に媚びるのを一番恐れる。 民主的でありさえすればよいというのは、もっとも当時民主的と 言われたワイマール憲法を持ったドイツから民主的手続きを経て 誕生したナチスのように。先日も書いたように多くの市民を馬鹿に している訳ではなく、自分も含めて基礎教養もないし、時間もないし、 お金もない。統治権力には市民に媚びないエリートが必要という 事です。衆愚政治は必ず間違った方向に行くのは歴史が語る ところです。  裁判に関して付け加えて書くと、裁判は被告人を裁くものでは なく、検察官を裁くものであるということです。明らかに被告人が 有罪だという証拠があったとしても、検察官が刑事訴訟法の手続きに のっとって逮捕しているか?を見る。デュープロセス・オブ・ロー です。法にのっとって適正な手続きをしているかどうか? そうでなければ、検察の暴走で冤罪が横行するからだ。 日本に裁判員制度を持ってくるのは時期尚早あるいは、いらない と自分は思っています。  市民はメディアリテラシーをまず上げなくちゃ。っといっても 時間もない。とりあえず、今ここにある自分の生活空間に本当に 余裕がある時にそういうものに関心を持ったらいいのではないか? と思っています。自分自身はまだまだ自分の生活空間のことで 精一杯です(笑

プロ野球

 WBC(ワールド・ベースボール・クラシック)何十年来の 日本の希望がようやく実現した第一回目の大会。サッカーに 比べて認知度は高くはないが、イチロー効果もあって、結構 盛り上がっています。現時点でメキシコがアメリカに勝って、 ぎりぎり奇跡的に日本準決勝進出。ゲームは何が起こるから分からない のがやはり面白いですね。人生も何が起こるか分からないところ が面白いとも言えます。っというか今回のメキシコ戦でまた ボブが誤審したらしいじゃないですか。ポールにボールが 当たった場合、ホームランになるのは小学生でも分かりますよ。 そのボブがまだ次の戦いで審判やるとは・・・(苦笑)  日本という1つの地域性を出すとこれだけ盛り上がる。 日本のプロ野球はどうか?地域密着型に近づきつつあるが、 もう一歩。それはチーム名にスポンサー名が入ってしまっているから です。 ・千葉『ロッテ』マリーンズ ・福岡『ソフトバンク』ホークス ・『西武』ライオンズ ・『オリックス』・バッファローズ ・北海道『日ハム』ファイターズ ・東北『楽天』ゴールデンイーグルス ・『阪神』タイガース ・『中日』ドラゴンズ ・横浜ベイスターズ ・東京『ヤクルト』スワローズ ・『読売』ジャイアンツ ・広島『東洋』カープ 『』付が明らかにスポンサー宣伝ばればれ。 詳しくは分からないのが痛いところだが、 阪神は阪神電鉄を指してはいるが、地域の名なので、 密着型ともいえるか(笑)横浜ベイスターズもいいっすね。 巨人は読売取っちゃえば、どこの地域にある球団かさえ 分からないじゃないか^^  一方メジャーリーグだとスポンサー名は入らず、オーナーが変ろうと、 チーム名が変らず、地域密着型のチームばかり。だから人気が 衰えにくい。日本のサッカーもちゃんとオーナー名入らず、マイナーな 地域名が入っているのが、人気の衰えを抑えている。ちょっとサッカー 人気も減っているとかいないとか・・・言われているが・・ 地域性重要視すると当然応援しやすくなるし、チーム数も多くなる。 また、メジャーだと天然芝だが、日本はコストのあまりかからない 人工芝を採用している球場がほとんど。メジャーの選手は言う。 日本の人工芝の球場でプレーするとケガをしやすいから怖いと。。 松井そんなに守備がうまくないのだが、あんなファインプレーを 見せるのは天然芝のメジャーの球場でプレーしているからだと 言われている。天然芝だとケガしにくいので、ダイナミックな プレーができるんでしょうね。そこでファンも魅了される。 コストかけてでも天然芝日本に再復活してもらいたいんですよね。 選手がケガする事も少なくなるだろうし、そういう野球知識がない オーナーが買収するとどうもね。。  地域密着型はこれからのキーワード。野球だけではなく。 国ではなく小さな地域でできることはその地域を活かして 創っていきたいですね。今回はWBCに影響されて書いて しまった(汗

民主党再生

 永田議員に端を発した例のメール問題。新しく就任された渡部恒三 国対委員長は語る。わしはメールさえよう分からん、だが情報元の 人を信頼できるかどうかは判別できると。73歳と高齢であるが、 そこに誰が信頼できるか、できないか?自民党で培ってきた 派閥制度の中で少なくとも人を見る目は慧眼だ。  昔と違い、電子情報はいかようにも偽造可能、消去可能なので、 証拠を取るのは難しい。ライブドアのようにライブドア本社より サーバーのあるビルを優先して特捜が抑えてまでしてようやく証拠が 出るか出ないかだ。振込みのような政治献金はまさかあるべきもなく、 偏差値集団といわれる民主党の弱点が暴露されてある種良かったと 思っています。民主党は順風に議席数を伸ばしてきて、政治の 現実を忘れて、通るはずもない、対案、議員立法を勤しんで 提出している。対案だすのはいいが、反自民、非自民にはなって はいけない。何でも反対を唱えればよいという旧社会党と同じような 結果になってしまうではないか?すなわち自民党先にありきで、 もし自民党が解体しようものなら、民主党のアイデンティティが 崩壊する。自民党がなくても民主党のアイデンティティを保てる 骨太な政策を出して欲しいんですよ。それが、小泉・竹中路線の 新自由主義(ネオリベ)路線でかぶってしまったとしても、 かぶってるところはかぶってしまっててよいと思っています。 違うところは大きく違ってくるでしょうから。 去年9月の総選挙にて惨敗、今回の永田議員の失態。大変建て直し の為には良き事だと思っています。惨敗を繰り返せばそれだけ タフになって立ち直れる。おぼっちゃま偏差値集団の民主党には いい刺激だったのではないでしょうか?  とにかく手練手管、汚い手も使って選挙で勝利するのが 民主党の目標でしょう。その為ならマスコミも利用せねばなるまい。 小泉に勝るマスコミ受けする顔は小沢一郎待望論となろうが、 小沢一郎もネオリベ路線であるが、彼の場合深い哲学があるので、 違う意味でまたマスコミ受けするだろう。 マスコミ受けするかどうかが勝負となってきている昨今、 ポピュリズムが蔓延しているのが危惧するところだ。 つまり衆愚政治。市民と同じ視点で政治をする政治家は良き 政治はできない。これは市民が馬鹿だからという訳ではない。 自分も含めて多くの市民は政治問題に首をつっこむ知識も情報も 時間もない。だからこそ、選挙によって代表を選んでいるんでしょう。 市民に媚びすぎてTHE 政治家が少なくなるのは恐ろしい事だ。  ここで、マスコミの役割が重要となる。エリートマスコミが どう市民に情報を伝え、政治家に市民に媚びすぎる政治をさせないか。 大手マスコミも一度痛い目を見ないと改善しないだろうか。  自分自身にも当てはまります。数多く痛い目を見ているから 凹んだとこ凹んだ分だけ教訓にしています。あるいは・・笑いに・・・ まずい、松本人志のチキンライスぱくってしまった(汗)

パターナリズム

「パターナリズム(英:paternalism、家父長主義原理)とは、国家が 個人の自由ないし権利に対し、介入ないし侵害することを正当化する 原理のひとつである。」  宮台氏はこの原理が明治近代化以降に一般市民にもはびこっており、 現在も衰える事はないと指摘する。もともとは国家が親の 立場で市民(青少年)の自由を制限し、保護する理由で用いられた 概念であったが、近代化の際にこの概念も日本に輸入されたのか? この辺はさらに調べなければいけないので、今度調べておきます。  一般市民にはびこっているというのは、恋人関係が一番分かりやすい かな。お前の為に俺はこれだけしてやっているのに、どうして お前はそんなに冷たいんだ!?というパターナリズム、恩情主義とも 訳せる。おいおい、冷たいのは私の為になってないからでしょう! って事になる。だが、違うんだ、お前が死ぬ時きっとお前は俺が してあげていることが良き事だと分かってくれるはずだ!みたいな。 これじゃ死ぬまで分からないじゃんって話。親子関係も親が子に対して この種のパターナリズムのおしつけは多い。  パターナリズムから抜け出すのは難しいので、本当にその人の 為になることをしてあげることができればパターナリズムでありながら パターナリズムから脱する事ができるように思える。 恩着せがましく俺がこんだけしてやっているのに・・・ ってそのしてあげてることってただの自己満足でしょう?から反省し、 俺が相手を離してあげることが相手の為にもなる事も勘定に入れる 視野が狭い。そしてこんだけしてやってんのに・・・の裏には すごい見返り求めている。それもちゃんと事実認識すると。  自己愛が強い事を認識していない人ほど他人の為に尽くそうとする 傾向がある気がしています。自己愛は皆強いですよ。それを自覚 しているか、していないかの違いだと思っています。 自覚すると本当に自分の事しか考えれない生き物なんだな、 人間って・・・っとなり、逆に冷静さが浮上し、自己愛の事忘れて 相手の為になる事冷静に考えれたりする。時たま忘れるだけで 自己愛自体は一生なくならないと思うし、あるのが当然。 自覚しているか?していないか?  宮台氏の言うパターナリズムについては言葉の意味内容だけ 教わって後は深く理解していないので、このコラムはほとんど 自分勝手な持論です。

日本の行く末

 昭和16年夏、内務省や大蔵省などの各省庁及び一流マスコミ、 陸海軍から抜擢された若きエリートの彼らは「総力戦研究所」 において、日米開戦した場合のシュミレーションを入念に行い、 4年後の日本敗戦を予見。戦争の優劣は軍事力だけではない。 経済力はじめエネルギー資源、情報力、交渉力などなど様々な 総力を用いて雌雄が決する。それを入念に分析した上での結論だ。  作家猪瀬直樹は「日本人はなぜ戦争をしたかー昭和16年 夏の敗戦」で詳細なレポを再構築している。彼によれば、 東条英機首相を抜擢する事で戦争回避をしようとしていたいうと いうのだ。昭和天皇の戦争回避の意向も東条英機もくみしていた。 しかし、むべなるかな。日本を支配されるのはニューマ(空気) 陸軍の暴走、マスコミによる戦争扇動により、開戦は避けれえぬ 状況となった。官僚のトップがリーダーになることほど怖いものはない。 決められた物事を専門的に処理する事ができる彼らであるが、 不測の事態に対しては、全く無能。この官僚主導型は 戦前から続き、現在にも及ぶ。小室直樹氏は当時アメリカでさえ、 市民は反戦モードが流れていたので、大統領といえど、開戦に踏み切る のは不可能に近い状況だった。そういう情報さええずして、 開戦に踏み切ってしまったのは、情報リテラシーの不足としか 言いようがない。だが、ほんのわずかだが、総力戦研究所 のようなものがいた事も見逃せない。対米開戦は物資からいっても、 完全に不利であった。ここはアメリカの反戦ムードを利用し、 少なくとも対米開戦は避けるべきであった。  何故、戦前の事を今に問うのか?それは現在に連なる問題で あるからだ。歴史的積み重ねの中で現在があり、本質的日本の 構造はほとんど変っていないと言えるからだ。これこそ、今後 生かしていく、戦争の反省ではないだろうか? 丸山真男も日本は何故戦争に負けたのか?から分析を始めている。  現在日本はアメリカ追従路線を取っていると言われている。 アメリカという国は歴史の浅い国でほんの200年でしょう。 そして、様々な部族が住む移民国家であり、ばらばらである為、 ルールが異常に多く、このルールを踏み絵として、遵守するならば どんなものにもアメリカという国で一旗あげるというアメリカン ドリームが現れる。しかし、ルールを守らないものはアメリカから 排除される。自由である一方、民主主義という踏み絵を体験しなければ 参加できないという特有性を持つ。一方ヨーロッパはルールが少ない。 それは歴史が長いからだ。わざわざルールを作らなくてもそれを しないのは分かっているだろう?という蓄積されたコミュニケーション があるから、ルールが少ない。ルールが多いのはそれだけ 間違った事をする奴が多いからだという見方もあるが、これは アメリカの移民ばかり混在する国においては仕方のないものかも しれない。  日本はどうか?どちらかというとルール、ルールより 日本的和の精神によってどうにかやってきたでしょう。 裁判も嫌う傾向があるし。これは日本には歴史が長いからだ。 日本的和をもって尊し。とするコミュニケーションは未だに 残っている。その中で去年が典型的だが、アメリカニズムは 加速度的に進んでいる。どう日本流にアレンジするか、 日本人は知恵があるので、模索していく良い時期だと 思っています。

運命じゃない人

運命じゃない人の画像  第58回カンヌ国際映画祭で、フランス作家協会賞など4賞を受賞 内田けんじ監督デビュー作『運命じゃない人』いかにもイイ人の 主人公宮田君。詐欺師の女にふられて意気消沈。ある晩婚約を破棄 されたばかりの見知らぬ女にレストランで探偵の親友がきっかけを 作ってくれた事もあって意気投合。ふられた事も忘れて爽やかうきうき。 そんな見知らぬ女との微妙な夜。電話番号絶対聞けよ!自分から いかなきゃ何も始まらないぞ!と親友にアドバイスされて、 思い切って彼女がタクシーで帰ってしまったところ、がむしゃらに 走って電話番号聞けてめちゃはしゃぎまくり♪  このストーリーなら平凡ですが、この晩から朝にかけて5人の 男女の様々な物語が交錯していた。主人公のイイ人宮田君、 宮田君の親友の探偵、宮田君をフッタ詐欺師の女、宮田君と 意気投合した女、そしてヤクザの親分。宮田君のストーリー が終わったと思ったら、それぞれのその晩が始まる。 詳細書いたらつまらないし、書くの面倒くさいので(笑)かけま せんが、あ〜こうつながるのかぁっとコメディチックで笑えます。  こんな偶然ありえないと感じる向きもあるかもしれないが、 こういう偶然は世界に満ち溢れている。親友の探偵さんの苦労や さらに探偵を脅したヤクザの親分のそれぞれの事情もあって、 宮田君が次の日の朝を迎える。電話をかけても「この番号は 使われていません」っとメッセージが流れるが、あれ、掛け間違い かな〜♪これ8じゃなくて3かな〜っとか、親友に嘘の番号書かれた んだ、次に挑戦しろ!と言われても、もう一回かけてみるかという のほほんぶりが気分がいい。  世界は偶発性に満ちている。それをどう捉えるか、ユーモアとして 面白いと感じるか?よく描き出している映画です。

価値相対主義

 ポストモダンの社会において価値相対主義が蔓延している。 自分の立場も右よりのリベラリズムなので、価値相対主義に 飲み込まれる。価値観は人それぞれだからそういう考えも いいんじゃない?別に真理は1つじゃないんだし・・・ 自分の価値観も真理だと思ってないけどそんなの当たり前で、 いいじゃん、人それぞれでさ。リベラリズムの立場ならば、 人に迷惑かけていない限り、その人の価値観の中で何をやっても いいことになる。あくまで迷惑をかけない限りでね。 だが、ここにリベラリズムの価値相対主義の欠点が現れる。 リベラルな社会ばかりではないのだから、真理は1つという 社会あるいは人もおり、彼らに対してもリベラルな価値押し付け が底にある。あくまで相対主義なのだが、相対主義を貫徹させるには 相対主義を皆が持っていなければいけないという絶対主義という 逆説が生じる。  イスラム教徒のような真理は1つと非常に分かりやすく掲げている 共同体とリベラルな価値相対主義という逆説的な真理はどこかで 対立せざるを得ない。人に迷惑をかけない限り・・・という条件付 なので、迷惑をかけるのならつぶすという恐ろしいものに価値相対主義 は変動しうる。価値相対主義の根っこには他者に対する無関心さだと 思っています。価値は人それぞれだから俺はこういう生き方だし、 お前は俺と違うけどそれでいいんじゃない?というある種の無関心さ。 価値相対主義が蔓延すればするほど他者に対する無関心さは増していく。 無関心であるが故に、いざ自分に危害を加えるものがいるならば、 簡単に圧制を下す。恐ろしいほどの無関心さですよ。深刻的な。  自分ごときが述べれるような問題ではないほど大きな問題なので、 書くことも憚れるが、書いていかないと、始まらないし、 アカルイミライも生まれないから。相対主義もリベラルもある ある物語にのっとっている観念的なものに過ぎない。 人と人とのぶつかりは観念だけではなく、物理的な距離の取り方や 単に生活空間を共にするというリアルがある。真理は1つとか 言っている奴がいるとむかっとするが、自分も価値相対主義という 名の絶対主義に陥っているとすると首をかしげる。おいおい、 結局五十歩百歩だったのかって。 で、面倒だから無知の知で考えるのをやめってことでみたいな ノリになる。  だが、価値観は人それぞれかもしれないが、自分の実存で こう思う!と言っていって欲しいと思っているんですね。 そこでコミュニケーションも生まれるし。もしくは隠して 自分だけの実存は密かにもっていて欲しいと思うんです。 なんでもかんでも相対的に考えるのも、なんかはぐらからされている 気がして。小泉首相の「人生いろいろ、会社もいろいろ」みたいな(笑  この問題についてかくと混乱する。自分はこう思う。と一人称 で発言して欲しいんですね。だめだ。これも価値相対主義?(笑) まぁ〜いぃ、基本的に自分は楽観主義なので、スタイル的には 自分にとって楽な生き方を選んで欲しいっとしか言えなくなっちゃい ました(笑)

学力低下

 高校生の意識調査の報道を見た。諸外国と比べてイイ大学に入れど もそこに幸せはないと感じている高校生が多いようだ。確かにイイ大学 に入ってイイ会社に入れば幸せが築けるという標語は、自分の感覚から しても古代エジプト文明のピラミッドに書いてあるようなほど古臭く 感じられる。この報道にどんな意図があるのだとすれば、これまた 学力低下=国力低下を嘆く報道と取るべきなのか、高度成熟社会に おいては幸せとは天文学的に多様になっていると取るべきなのか? 難しいが、後者の意識で報道してるならば、事実認識として正しい 気がする。自分には統計学的知識及び資金もないので、気がする としかかけないのが悲しいところだが・・・(苦笑)  お勉強ができることが必要とされる時代にはそれは学力も上がり、 物を持つ体力が必要とされる時代には体育能力もそれは上がる。 低下していようとそれが必要とされていない時代においてはいくら 学力低下を嘆いても仕方がない。ちょっとずれるが、団塊の世代の 親を持つ自分の両親はイイ大学に入れば幸せが待っていると 未だに持っている。しかし、団塊の世代ジュニアの我々の時代と なると分岐点。その後の世代はあくまで子供はお勉強しても イイ人生が待っているとはとてもじゃないが、思わないだろう。 生霊のような上記の標語を未だに信じている経済的に中流より上、 もしくは上流家庭の親が学力向上に未だに勤しむ。彼ら親達も どこか虚しいと感じつつ・・・辛いのは子供の方で、彼らは お勉強は無意味だと思いつつ、親の顔色を伺って無理やり勉学に 勤しんでやっている。っと推測。  自分らの世代団塊ジュニア世代辺りが一番厄介で、ちょっと お勉強ができれば高すぎるプライドを持ち、実社会では全く 役に立たないのをひきずる人達を数多く見ている。自分自身も そうで、中流私立大学に入ったぐらいで変な高いプライドを 持ち、実社会では非常に傷つきやすい立場に置かれた事が あったものだ。  教育は難しく、学力だけで計測可能なものではないのは言うまで もないだろう。そして教育は極端に言えばある偏ったイデオロギーを 子供に植え付けるものだ。どう生きる知恵を身につけさせるか? 欧州的な教育では子供時代には不自由なイデオロギーを植え付け、 大人になったら自己責任で自由に振舞ってもよいという モチーフを用いる。日本にとって何が良き事なのか? いじめの起き易いクラス制度を廃止し、小学校から大学のような 授業選択性にして、勉強したい奴はそれこそ、小学校の時点から 法律・経済・物理学を勉強する奴がいてもいいし、そっちは どうでもいいから、やりたくない奴にはいつでもまた勉強する 機会があってもいいように、無料の教育チケットを与えてもいいかも しれない。1つの学校に所属するのではなく、選択的に一週間で 様々な学校で勉強しているのもよいかもしれない。あるいは 勉強などしたくないものはしなくてもいい。だが、読み書き・計算という 型ですね。野球のピッチャーも型がないと投げれないようにある種の 基礎的な型ぐらいの不自由さはおしつけてもいいかもしれない。  理想・推測だらけのコラムじゃないか。これが団塊ジュニア世代 の限界です(笑)

マイベスト映画トップ10

 ちょっと自分の気分転換に現時点でのマイベスト映画トップ10 を書いてみますね。映画からこのコラムを影響受けているところ も多分にあるので、コラム読む上で参考になるかとは思いますが、 お勧め映画として書いてみます。逆にお勧め映画あったら教えて くれると助かります。 ☆第1位 『アカルイミライ』      ※世界は社会だけではない。社会は世界の一部。       脱社会の魅惑がよく分かります。そして改めて       一部である社会の魅惑も再帰的に分かる。       赤クラゲという美しく毒のある生き物を通して。 ★第2位 『グット・ウィル・ハンティング』      ※虐待を受けたのは自分が悪いからと必要以上に       責めるウィル。そして一人称でしゃべれなくなる。       ある程度自分を戒める事はあってもよいが、       無意味に必要以上に自分を責め、苦しむ姿は       耐え難い。君は何も悪くない。君は何も悪くない。 ★第3位 『パッチギ』      ※例え価値観が全く違い理解し合わなくても共存できる。       対立しあいつつ、共存している姿はリアルだ。  第4位 『時計じかけのオレンジ』      ※人間は高度監視下によって、自分の意思ではなく       快・不快原則だけで生きる存在でよいのか?       よいならば、マトリックス的な世界がおとずれる。       自分は否定的な立場だが。  第5位 『息子のまなざし』      ※殺意を抱く相手であっても生活空間を共有する       中で殺せなくなる姿は、切ない感動だ。  第6位 『ドッペルゲンガー』      ※もう1人の自分。昨今人は自分を見るとき       悪い面ばかり見ようとしていないだろうか?       良い面として自分をこの映画で振り返るのも       よいのかもしれない。  第7位 『UNloved』 ※自分の身の丈に合った生き方を忘れて無理していない       だろうか?自分の身の丈に合った生き方にこだわり       すぎて孤立していないか。恋愛映画の中ではベストです。  第8位 『田園に死す』      ※そう、あの少年時代の思い出は嘘だったのかもしれない。       永遠の不良(笑)寺山修司監督作品  第9位 『どですかでん』      ※奇妙な人々が暮らすある共同体。       それでも彼はどですかでん・・どですかでん・・       どですかでん・・・どですかでん・・・・・・・  第10位『TAKESHIS’(タケシズ)』      ※ビート武の前衛的な映画。       無意味な混乱するシーンの果てには       ビート武の実存に少しだけ触れられる。
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Author:まさみ
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よろしくお願いします。
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