スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

考える

 「考える」1人だけで?誰かに話して? どちらにするかで、同じ「考える」でも 全く別物となる。1人だけで何かを「考える」 なら、全く論理的でなくてもよいし、人に 分からせる必要はない為、非論理的に ある考えを自己完結できる。言ってしまえば 1人で閉じこもった考えならトンデモ思想でも 全く通用する。通用すると言っても、自分1人 の中だけですが。  逆に自分の考えを他者に伝える時は論理的 でなければ伝わらないので、完結していた はずの自己思想が自分にしか通用しない 事が分かって、もどかしさや落胆した気分を 感じるかもしれない。また、時々自分の 考えが今まで誰も考えもしなかった目新しい 思想だと思い込んでいたとしても、それを他者に 提示する事でいかに自分の思想など、凡庸で ありふれたものである事に気づくだろう。  もちろん、このブログの記事もとても 凡庸なものだと思う。ブログという特性上 自己完結しがちなところは気をつけなければ いけないポイントだと思っています。 コメント等を通して、そこにコミュニケーションが ないとよりトンデモ思想になっていく気がする。 このブログもそうですが、トンデモちゃんは ネットのブログ上ではよく拝見する事ですね。 そこには他者の不在、他者とのコミュニケーション における衝突のプロセスの不在がある。  少し戻り戻って、他者に考えを提示する場合は 非論理的な考えを論理的なものに変換する必要がある。 とてもエネルギーのいる作業です。自分は不得手。 ただ、今のところはこう考えています。 個々の人はそれぞれ非論理的な何かを抱えている。 それを他者の場に提示しようとする時、論理的な ものに変える訳ですが、元々が非論理的で それこそ、その人の実存的なものが見え隠れする ように感じられる。論理的なものはエネルギー がいるし、社会生活を送る上でも必要なことですが、 論理的に見えても、時々見え隠れする非論理性を帯びた その他者に自分は魅了される事がある。 言ってしまえば論理的なものには根本は自分は興味 はないし、非常に疲れる。だけどそれでも論理的な ものは他者との媒介に必要だし、社会生活上 必要なので、興味はないけど、論理があってこそ 非論理が見えるから好きかな←(あ〜あ 言ってること訳分からないよ)  あっ今回は映画の芸術性について書く為に前口上 をしてたんですが、長すぎました。映画って、 よく、この映画何を言いたかったのか?メッセージは 何か?を読み取ろうとして観る人も多いじゃないですか。 それは自分は論理的すぎて疲れる。 自分のマイベスト1位、2位の「アカルイミライ」や 「エリ・エリ・レマ・サバクタニ」は全く意味なんて 自分は汲み取らず、ただただ何故だか分からないけど この音楽が自分の実存に響くと同じように 何故だか分からないけどこの映画が自分の実存に響く というのが自分の映画体験でよくある。何故 いいの?という質問は従って答えられない。  要するに今回は論理も大事だけど 非論理も大事と言いたかったんですが、 全くまとまっていないし、このブログ トンデモブログじゃねぇ!?(笑) 
スポンサーサイト

スプーン 〜超能力者の日常と憂鬱〜

 森達也氏執筆「スプーン 〜超能力者の日常と憂鬱〜」 は超能力そのものではなく、超能力者の普段の日常生活が どのようなものかに焦点を当てたドキュメンタリー作品。 スプーン曲げの清田益章、UFOの秋山真人、ダウジング の堤裕司の3人を題材にする。1977年生まれの自分では 顔と名前が一致するのは秋山真人ぐらい。堤裕司や清田益章 は名前があいまいだが、その存在は知っている。堤裕司に 関しては、個人的に通信教育でマジック教室やった気もしない でもない(苦笑)幼い頃よりスプーン曲げ少年ともてはやされ た清田益章。なんとなくそんな存在がいた記憶があって、その 後の超能力者が今どのように生活しているのか?そんなこと 多くの人は興味を持ってきていないだろう。  一度もてはやしておいて、今度は落として視聴率を稼ぐメディア のパターン。よく使われる手段だ。ホリエモンもそうでしたよね。 一度もてはやし、次はバッシング、これでメディアとしては 2回稼げる訳です。またバックラッシュがあって、ホリエモン を担いでまた稼げる可能性もある。  それはさておき、3人の中で興味を引いたのは清田益章。 スプーン曲げに関して面白い事を言っていた。彼は、スプーン 曲げはオナニーみたいなもので、人に見られているとどうも やりにくい。一人でやると本当に簡単に曲がるんですよ。 だからテレビなんかだとやりにくい。時間かければできる 事もありますと。  テレビなんかだと一瞬でスプーンが曲がる事あるが、 実際は1時間以上曲げるのに時間がかかることが ある。今日は調子が悪いから曲げれないという日もある。 清田益章はテレビの収録中トリックを使って、スプーンを 曲げたところをカメラに写され、ペテン師扱いされてしまう。 その時の事を清田は、あの時はトリックを使ったと 素直に認める。調子も悪かったし、実はスプーンが 曲がらなかったら、番組中止となり、制作費2000万 以上支払えと脅されたとも言っている。この真偽は定か ではない。ちなみに清田に何故スプーンしか曲げないのか? と聞いたら、テレビ側がスプーンを曲げろというからだよ と返していた。  実際森達也氏の目の前で超能力と思われる出来事を清田、堤、 秋山は起こす。でも森達也氏は超能力を信じる、信じないと いう二元論に違和感を覚える。そして、何故か超能力者 と呼ばれる人のほとんどはマジックにも長けている。 だったら、全てがマジックであると言ってもよいが、 やはり、全てがマジックと言ってしまうのは違和感がある。 少し前に超常現象と超常体験について描いたが、とりあえず 実際に超常現象があるかないかはおいておいて、超常体験 自体は主観的には存在するとする見方が良いのかもしれない。  例えば自分の目の前で清田益章さんにスプーンを 曲げて頂いたとする。スプーンは自分が自宅から 持ってきたスプーンで、手も触れずに曲げる清田益章さん にとてもトリックがあるとは思えない。素人だから トリックが見抜けないだけなのか?自分が独特の 雰囲気にのまれて、スプーンが曲がっているように 見えているだけなのか?いや、これが超能力かどうか は別にして、清田益章さんは正直な人だし、超能力を 信じる、信じないより、清田益章さんは信用できる・・・ というような。  御船千鶴子。「リング」の貞子の母親のモデルと言えば 分かりやすいだろう。東京帝国大学(現・東京大学)の助 教授・福来友吉は科学的に超能力を分析するために、御船 千鶴子と明治43年に初めて出会う。だが、公開実験において トリックだとされ、マスコミは騒ぎ、御船千鶴子は自殺を してしまう。トリックだと言ったのは頑なに超能力を 否定する、しかも公開実験にも参加していない学者も いたというから驚きだ。現在の日本でも超能力アレルギーは 多い。噂では大手企業や科学技術庁では密かに超能力 研究をやっているとかいないとか真偽は定かではない。  超能力に関しては曖昧なままにし、超能力者として見るのでは なく、その辺の同じ人間として見る意識をもつほうが よさそうだ。だから自分にとってだが、イイヤツもいるし、 すっげー嫌なヤツもエスパーと呼ばれる人の中に いるんだろうな。  
プロフィール

Author:まさみ
ブログはこちら一本でやっていくことにします。

パソコンできる環境が作れず、こちらのブログのほうがスマホでも扱いやすいからです☆

よろしくお願いします。
⊂⌒っ*-ω-)っ

最新記事
最新コメント
最新トラックバック
月別アーカイブ
カテゴリ
検索フォーム
RSSリンクの表示
リンク
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

QRコード
QR
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。